なぜ、商社マンだった私が
今はカイロプラクティックで院長やっているのか?



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バブル直前「商社冬の時代」といわれていましたが、アタッシュケース一つで世界を飛び回る商社マンに憧れ、大学卒業後就職したのは伊藤萬㈱という創業105年を迎えた中堅商社でした。

当時はバブル真っ只中。
「好きなことを仕事にする」より
「安定した会社に入る」が優先の時代でした。

バブル景気でイトマン㈱と名前を替えたのもつかのま、戦後最大の不正経理事件といわれるイトマン事件によって住金物産㈱(現:MNインターファッション)に吸収合併され、110年にわたる暖簾を下ろしたのです。




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吸収合併直後の社内は多少ごたついてましたが、個人的には運動不足解消の為に始めたトライアスロンが楽しくて夢中になり、社内のトライアスロン・チームにも所属しました。しかしオーバートレーニングで身体が悲鳴をあげました。膝が痛くて走れなくなったのです。

そんな時に出会ったのがカイロプラクティックでした。身体の歪みを正し、故障しにくいバランスよい身体を作る…トライアスロンに夢中だった自分にとって一番大切なことを学ばされたのでした。


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定期的なカイロプラクティックメンテナンスで、トライアスロンの成績は徐々に上がり、益々面白くなってきました。

しかしながら、仕事は年々忙しくなり、部下と責任を持たされ、ノルマに対する重圧はどんどん厳しくなってゆきました。

毎日電車に揺られ、得意先を回り、数字に追われる。

業績が出ていないと就業時間を過ぎてもオフィスを出づらく、土日出勤はあたりまえ。大会が月末に重なると出場すらままならなくなってきました。会社でのストレス、通勤地獄のストレス、そしてトライアスロンできないというストレス…




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そのまま職務を続ける意義が見出せなくなり退職を決意、自分の身体を根底から見直すことができたカイロプラクティックに新天地を見出すことにしました。

東京で専門学校(日本カイロプラクティックドクター専門学院)に通い、アメリカで解剖学実習を修め、二つの治療院で研修と修行を行いました。


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青春時代を過ごした豊中に戻り、2003年春から専門学校の大阪校でテクニック講師として勤務する傍ら、豊中市内で開業、早20年の月日が経ちました。

今でも分からないことは沢山あります。
だから私は「治します」とは簡単に言いません。
その代わり、来られた方が少しでも楽になれるよう、これからも勉強を続けていこうと思っています。

現在もカイロプラクティックトライアスロンをこよなく愛し、ここ豊中に生活拠点を置いて活動中です。






豊中市の整体院